第九話「學食戰線異状無シ!」
「祐一、ちょっと赤レンガまでいいか?」
始業式が終了し、教室に戻るや否や、潤が私にそう呼び掛けて来た。次の授業開始までの時間は大丈夫なのかと訊いた所、始業式が早めに終わった事に伴い、後20分〜30分は大丈夫との事だ。
「ところで『赤レンガ』って何だ?」
「知らないのか?昇降口前の中庭の通称だ。…って、この雪じゃ識別できないか…」
「とにかくそこに行けばいいんだな?」
「ああ」
「諒解」
とは言ったものの、私は職員玄関から校舎内に入ったので生徒昇降口の場所は分からな
い。潤に場所を訊いた所、職員玄関から暫く歩いた所にあり、そこから生徒昇降口までの空間が赤レンガと呼ばれている所らしい。
「ぐわっ!」
職員玄関から出て、赤レンガに向かう。昇降口とのちょうど真中辺りの空間で潤は待ち伏せていた。そして開口一番、私を殴り付けた。
「すまんな、転校生。儂ゃぁお前を殴らないかん。殴っとかな気がすまん」
「祐一、大丈夫!?」
タイミングを身計らったように名雪が昇降口から飛び出し、私をかばう。
「潤君、祐一が何かしたの?」
「僕だって、好きで乗っているわけじゃないんだ…(C・V緒方恵美)」
「祐一が潤君のバイクを誰かに無理矢理命令させられて、無断で乗り回したの?例えそうであっても、祐一をいじめないで!祐一は意地悪だけど、とっても優しい人なんだよ!!…祐一、大丈夫だよ、私が祐一の事守ってあげるから…」
そう言いながら、名雪は私を強く抱き締める。
「お前のせいで、儂の妹は…」
「潤君のバイクじゃなくて、潤君の妹の自転車を誰かに無理矢理命令され…って、潤君に妹なんかいたっけ?」
「名雪センパ〜イ、その2人、エヴァンゲリオンの真似をしているんですよ〜」
「え!?」
いつのまにか廊下側に生徒が群れを成しており、その内の1人が名雪にそう言う。名雪は名雪で状況が判断出来ないようで、きょとんとした顔で硬直している。
「ホンの遊びのつもりだったんだがな…」
潤が苦笑しながらそう言う。
「まったくだぜ…」
「え!?『まったくだぜ…』って、祐一、どう言う事?」
実は潤に始めて会った日の別れ際、このデモンストレーションの打ち合わせを、口約束していたのである。
「きゃ〜、潤センパイの大阪弁もカッコイイです〜」
「今度はわたしが潤センパイの妹役をやります〜」
拍手喝采の中、そんな黄色い声も聞こえる。名雪が特別出演したせいか、デモンストレーションは思わぬ大成功を収めた。それにしても、潤からこの学校における應援團はカリスマ的存在で、異性にも人気があると聞いたのだが…。この状況を見る限り、あながち嘘ではないようである。
「もう〜、すっごく恥ずかしかったよ!」
教室に戻る中、名雪が拗ねたように呟く。
「ははは…、すまん、すまん。それにしても名雪、何であそこにいたんだ?」
「祐一が潤君と一緒に教室から出たから、気になって後をつけたんだよ」
「そうか…。まあ、名雪に迷惑をかけたのは事実だし、お詫びに昼飯奢るぜ!」
「えっ、祐一奢ってくれるの?…祐一、やっぱり優しいね…」
デモンストレーションが成功の名雪の功績は大きく、何より抱き締められた名雪の胸が気持ち良かった。そこまで貢献した者をタダ働きさせておくのは私の理念に反するので、奢ろうと思っただけである。
「じゃあ、学食で一式定食を奢ってね」
「何だかよく分からん定食名だが、諒解」
「おっ、ヒーローのご帰還か。ご苦労さん、お蔭で新しい漫画のネタが浮かんだぜ」
教室に入ろうとした矢先、そんな冷やかしめいた声が聞こえて来た。潤と同じバンカラ服を着ているので恐らく應援團だろう。
「四郎(しろう)〜、また不条理なギャグ漫画でも描こうってのか〜?」
「誰だ、潤?」
と、私は潤に、この声がシロー似の男について訊ねる。
「ああ、こいつは應援團の1人で、名前は吉田(よしだ)四郎。同姓の吉田戦車と吉田創を敬愛する、漫画家志望者だ」
「さっきのなかなか良かったぜ、俺の事は四郎って呼んでくれ。これからも宜しくな」
そう言い、四郎という男は私に握手を求めてくる。
「ああ、こちらこそ」
「潤、学食は何処にあるんだ?」
4時間目終了後、学食が何処にあるか潤に訊ねた。
「学食か?学食は、体育館隣りの旧60周年記念館に…」
話の途中、何処からともなくホワイトベースの警戒音が聞こえてきた。
「おっ、携帯がなりやがった…。はいっ、こちら局地戦闘機震電…」
『百式司令部偵察機より打電!状況は予想通り局地戦と化している!』
「諒解!局地戦闘機震電、これより出撃す。祐一、学食に急ぐぜ!状況は風雲、急を告
げ、窮めて我らに不利なり!!」
「ようするに混んでいるって事か?」
「そういう事だ。じゃあ、行っくぜ〜!プルプルプルプルプル〜〜♪」
「だぁぁ〜、自分を局地戦闘機に見立てるのは良いとして、男がその台詞を言うのは止めろ〜っ!!」
「しゃぁねえな〜…。じゃあ、オラオラ〜、死神様のお通りだぁぁ〜!!」
「い、いや、その台詞は台詞で妙にリアリティがあるんだが…」
ともかく戦闘機のように走り出す潤の後を追い、私も学食に急ぐ。
「ちぇっ、時既に遅しか…」
「遅いぞ、潤」
「まさかこんなに混んでいるとはな…、新型機配備である程度は混むと思っていたが…」
「だから打電しておいたんだ。まあ、とりあえずお前の分も確保しておいたぞ。…変わりに座席は確保出来なかったがな…」
と、声がヒイロ似な男が、両手に器用に二人分のトレーを持ちながら言う。
「新しいメニューにありつければ十分だ。サンキュー、柚依(ゆい)」
「潤、こいつも應援團か?」
「ああ」
「木村(きむら)柚依だ。宜しく」
とバンカラ服の柚依という男が、私に声を掛けて来た。
「俺は、相沢祐一だこちらこそ宜しく。何て呼べば言い?」
「柚依で構わない」
「諒解、俺も祐一でいいぜ。ところで確保って何だ?」
「ああ、今日新型機が配備されたんで、それを確保したんだ」
「新型機?」
「…と、スマン、いつもの癖が出てしまった。ようは新しい学食のメニューっていう事
だ」
と、柚依が苦笑しながら言う。
「わっ、凄く混んでいるよ」
「そのようね…」
遅れて、名雪と香里が食堂に着く。
「遅いぞ、名雪…と、香里さんも一緒か」
「私の事は『香里』でいいわよ、祐一君」
「い、いや、女性を呼び捨てにするのはどうも苦手で…」
「名雪との会話を見る限り、そういう風には見えないけど?」
「名雪は親戚で親しい関係だから、呼び捨てなだけだ」
「ふ〜ん、まっ、いいわ、何やら訳ありみたいだけど、まだ会って間も無い間柄だし。さん付けの呼び方で構わないわ」
「申し訳ない…」
「それにしても、潤君、もう昼食買い終わったんだね」
「いや、これは柚依が俺の為に買っていてくれたやつだ」
「ふ〜ん。それにしても、座る席がないね…」
名雪の言うように、辺りを見渡す限り座れる様子ではない。
「仕方が無い、あれをやるか…」
と言うや否や、柚依は混んでいる席に向かって歩き出した。
「申し訳無いけど、そこの席譲ってくれないかな?」
「ゆ、柚依センパイ!?はいっ、もちろんかまわないです〜」
「始まったわね…、柚依君の自称應援團一の美顔を利用した、席確保が…」
その光景を呆れ顔で見ながら、香里が呟く。
「とりあえず、2人分は確保っと…」
「柚依、何をしている!!」
突然、柚依に向かってブライト調の声の檄が飛ぶ。その声と共にバンカラ服を着た男が柚依に近づいてくる。
「ゲッ、やべえ…團長…」
「全く、應援團がそんな態度でどうする!それに應援團ならば学食は零式定食だろうが!」
「『玄米』、『味噌汁』、『漬物』の定食なんかじゃ腹が満たされませんよ〜。有事じゃあるまいし…」
「潤、誰だあの人は?」
「第四拾七代應援團團長、米内武彦(よないたけひこ)だ。それにしても、團長の目の黒い内は強行的な席取りは無理か…」
「仕方ないわ、学食は諦めて購買パンにしましょ…」
と残念そうに呟く香里。柚依の行動を呆れ顔で見ていた割には、内心成果に期待していたのだろう。
「あっ、もうこんな時間、急がなきゃ」
名雪達と学食から撤退しようとした矢先、そんな声が聞こえて来たかと思うと、学食にいた女性との大部分が一斉に立ち上がった。
「な、何だ!いったい何が始まるというのだ!?」
その光景に対し、私はそんな台詞を吐く。
「この学校の昼休みの恒例、我ら應援團の紅一点、桑島美樹(くわしまみき)と、佐祐理先輩の料理対決だ。大体今の時間帯に双方の料理が完成し、審査員の試食に入る所だ。ちなみに審査員は神人、飛鳥、高の3人だ」
と、事の状況を一部始終説明する潤。それにしても、女性の應援團がいたとは…。やはりあのバンカラ服を着ているのだろうか、一度見てみたいものである。何はともあれ、これでようやく席に座れるようだ。
「なあ潤、應援團が一度に全員集まる機会ってあるか?」
昼食を取り終え、教室に戻る途中、私はそう潤に訊ねた。
「朝早くだったら全員集まるぜ」
「朝早くって、大体何時辺りだ?」
「そうだな、大体8時辺りかな」
「8時か…、自分自身が起きるのは問題無いとして、名雪の身が心配だな…」
「祐一、今物凄く酷い事言わなかった?」
「そうだ!潤、前言っていた副團って、物を作るのも得意か?」
名雪の疑問を無視して話を続ける。
「ああ、自作ゲームから、コンピューターウィルスまで、とにかくありとあらゆる物に精通している」
「じゃあ、放課後辺り紹介してくれないか?」
「構わないぜ」
「どうしたの、香里?」
教室の手前で香里が立ち止まり、窓から赤レンガを望む。
「ううん、何でもないわ…」
そう言い、香里は教室の中に入る。私は香里が何を見ていたのか気になり、同等の行為に望んだ。
窓の外、赤レンガの一角に周りをベンチに囲まれ、ぽつんと生えている木。そこに1人の少女が立っていた。
(制服を着てないな…、部外者か?ん、あのストール、何処かで見覚えが…)
そこまで考えて思い出した。あの時、公園で出会ったあの少女である。
「なかなか、教室に入ってこないと思ったら、一体何を見ているんだ?」
「あ、いや、ちょっと外を見ていたら、人が居たんでな。それよりも潤、昼休み、あとどれ位ある?」
「25分位だが…」
「サンキュー」
そう言い、私は赤レンガへと向かう。
「あ、おい、待てよ祐一!」
「どうしたんだ?こんな所で…」
赤レンガに出て、開口一番少女にそう訊ねる。
「あ、あなたはこの間お会いした…」
「相沢祐一だ。君の名前は?」
「そういえば、色々と助けていただいたのに、まだ自己紹介をしていませんでしたね。あの時は急いでいたもので…。私は栞(しおり)、美坂(みさか)栞です」
(みさか…!?何処かで聞いたことがあるような名字だな…)
一瞬そんな考えが頭を過ったが、気にせず話題を続ける。
「で、こんな所で私服で何をしているんだ?」
「人を待っていたんです。でも、その人は忙しそうでしたから…、今から帰ろうと思っていた所です」
「成程。ところで私服を着ている所を見ると、君は他校生かな?他の高校はまだ冬休みだって言うし」
「いいえ、ここの生徒ですよ」
「えっ、じゃあ何で私服なんだ?ひょっとしてこの学校には改憲派、護憲派の他に廃憲派もいるのか?」
「この学校は、そんなに憲法論議が盛んなのですか?」
「い、いや、『制服改善』賛成派、反対派の他に、制服そのものを廃止しようと私服を着ている人がいるのか、という意味だ」
「いえ、そんな話は聞いた事ないですが…」
「じゃあ、君は何故私服でいるんだ?」
「私、今日、学校を欠席したんです」
「不登校か?全く、これだから最近の若い者は…」
「いえ、病気で普通の欠席です。ただ、症状が重く、暫くの間学校に来ていなかったですが…」
「病気って…、そんな体で無理に学校に来るんじゃない!」
「大丈夫です。病気といいましても、普通の風邪ですし」
「何だ風邪か…、って、風邪だって立派な病気だ!」
「分かっています、でも…、それでも会いたい人がいるんです…」
「自分の体に無理をしてでも会いたい人がいる、か…。全く、ならもっと厚着をして来い!私服にストールじゃ風邪をこじらせるだけだぞ!」
「それはお前も同じだぞ、祐一」
自分の名前を呼ばれ、後ろを振り返る。そこには手に私の上着を持って立ち尽くしている、潤の姿があった。
「潤…」
「ナンパするのは勝手だが、外に出るなら出るで、ちゃんと上着を着ろ!そこの娘も同じくな」
「あの…潤さんって、あの潤さんですか?」
「何だ、ひょっとして俺の事知っているのか?」
「ええ、今年の河童踊りで、体を金色に塗って、背中の甲羅に『ハイパーモード北川潤』と書いていた方ですよね」
「そうだが、俺、そんなに目立っていたか?頭を皿型に刈って、甲羅に『日輪の力を借りて、今必殺の、太陽拳!!』って書いていた現應援團團長の方がよっぽど目立っていたと思うぞ?」
「何だ、河童踊りって?」
「この学校の運動會前夜祭行事の一つで、体を緑色に塗って、紙で作った皿と甲羅を身に付けて、街を行進する伝統行事の事だ」
「では、私はそろそろ帰ります」
「あっ、さよなら…って、何て呼べばいいかな?」
「『栞』で構いません」
「女の子を呼び捨てにするのはどうも苦手なんだよな…、『栞ちゃん』でいいかな?」
「ええ、ところで私は何て呼べば良いでしょうか?」
「『祐一』で構わないよ」
「分かりました。では祐一さん、さよならです」
「ああ、さよなら栞ちゃん、ちゃんと風邪を直すんだぞ」
「はい」
そう言い、栞はにっこりと笑った後、私の元を過ぎ去った。
「なかなか可愛い娘だったな、祐一。どこの学校の娘だ?」
「ここの生徒で、今は風邪で長期欠席中との事だ」
「成程。おっ、もうこんな時間か、そろそろ昼休みが終わるぜ」
「分かった。じゃあ教室に戻るとするか」
そうして、私と潤は赤レンガを後にした。
放課後になり、潤に例の副團の所に案内してもらう。
「今の時間ならあそこにいるな…」
そう言われ、潤に案内されたのは情報処理室だった。
「あ、いたいた…、お〜い、副團〜」
「フフフ…、このプログラムが出来れば僕の98式は…ん、その声は潤か?」
「ああ、実は副團に会いたいって言う人がいてな」
「相沢祐一です」
「僕は西澤麗(にしざわれい)。君が例の編入生だね。既に知っているかもしれない
が、僕はこの学校の應援團副團長だ」
と、声がアムロの副團が私に呼び掛ける。眼鏡で長髪、とても應援團という容姿には見えない。
「ところで、僕に何の用件があるのだね?」
「ええ、実は副團さんに作ってもらいたいものがあって」
「作って欲しい物…?」
そう言った瞬間、副團の眼鏡がキラリと光ったような気がした。
「『自分の声が録音可能な音声目覚まし時計』のパワーアップバージョンみたいなもので、声が5分程録音可能な…」
「5分、そんな低レベルな物でいのかね?僕の手元にはMD搭載で、6トラック各最大10分録音可能の目覚まし時計があるぞ」
「そんな凄い物が…。譲ってもらえないかな?」
「構わないよ、発明品は世に出ないと意味を成さないからね。今、團室においてあるからここに持って来よう。暫く待っていたまえ」
そう言って、副團は情報処理室を後にし、その後、2〜3分で戻って来た。
「お待たせ、存分に使ってくれたまえ。あと、サンプルのMDを2〜3個付けて置いたからね」
「どうも有難うございます」
そう言い、一礼し情報処理室を後にする。その後、潤に別れの挨拶をし、その足で水瀬家への帰路についた。
…第九話完
戻る